名も知らぬ草に blog

管理人:草(そう)

・キャベツと乙女さん /プログレッシヴらっきょう /震度2くらい /永遠なんてないのよ 

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 2008年 「4.15(火曜)
 昼。スーパーを二軒。お日様に目を細め、道端の草花に歩をとめながら。タンポポがまぶしい。日なたには忘れな草イヌノフグリ青い花。名前もしらない白い小花。
 はじめの店では園芸用品と植物苗がいっせいに並んでいた。胸ときめかせつつ、ひとつひとつ丹念に眺める。

 小さな公園を通る。薄緑の葉を揺らす桜、その木漏れ日のなかを歩く。若葉がさわさわと鳴り、わたしはふたたび目を細める。目をつむっても歩けそうに思う。 目隠しして歩いたこと いつか話しましょうね。と書いたのは、あれも四月だったかしら。

 二軒目のスーパー。お会計に並ぶと、前の男性のカゴに春キャベツ。一つ、二つ、……いっぱい。もうひとつのカゴには大量のお酒。領収書を、と言っている。職場の何かだろうか。 レジを打つ女の人はひどく動揺した様子で向こうのレジ係の人に「○○さーん!キャベツ、いくらだったかしら」と訊く。向こうの人も分からないらしく、その人は男性客に「すみません、いま見てきますので。ごめんなさいね……」と言ってパタパタとどこかへ消えた。 作業衣に不精髭、あまりこういう所(スーパー)に慣れていない様子のその男性。うつむいてポケットに手をつっこみ、唇をなめ、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。

 かなり時間が経つけれど、レジの女性は戻ってこない。他に客もなく、その男性とわたしだけぽつーんと残され所在なくいる。向こうのレジの人はビニール袋を(生ものや水物を包んだりする)ゆっくりと開いたり、手を休めたり。 まぁわたしは急ぐ身ではないし気にならない。この男性のほうがプレッシャーを感じてそう。 大量の春キャベツを『……焼き肉?焼きそば?』と想像。ふと顔をあげると目が合い、男性は頭をかきながら「すみません」と小さく会釈した。ふっと微笑んで返す。
 レジ係の女性が息をはずませて戻ってきて、「すみませんほんとに」と続きをはじめる。「キャベツいくらだった?」と向こうのレジの人。「えと、 158円だった」とこちらの人。けれど、機械がキャベツを読み取らない。「あ、あ、どうしよう」女性が慌てる。頬に手をあて、おでこまで真っ赤になって尋常じゃなく慌てる。どうしたんだろう。以前この人にお会計してもらったこともあるけれど。こんなに慌てる人だったかな。 「大丈夫?こっちで見るわよ」と向こうのレジの人。男性のカゴを向こうのレジに移しながら「あの、ほんとにごめんなさい」身も世もなく恐縮して男性に謝る女性。 あっ。 瞳が。うるうるキラキラしてる。 乙女だ。 五十歳くらいの、世間ではおばさんといわれる歳恰好のこの人が、今は。少女のように頬染めて、瞳をうるうるさせて。どこからどう見ても乙女。なんて可愛い人だろう……。
 自分のお会計を済ませ、たまごを買物バッグの一番上にそーっと入れていると。件の乙女さんが向こうのレジの人に「あ、どうしよう。さっきの人に領収書のあれを○○しなくちゃ。 ……わたし、行ってくる!」と言い残し、赤い頬のままパタパタと駆けていった。 おぉ。がんばれ♪ 胸のなかで応援して、みかんゼリーを買物バッグの底にムギュと押しこむ。可愛いなぁ、いいなぁ、ふふふ。 」

 


 (2008.5.2 金曜)より。

 月曜~金曜のお弁当づくり。一週間のフィナーレを飾る今朝のお弁当。 目玉焼きから時計回りに、たれ付け唐揚げ、ブロッコリーの黒胡椒マヨ和え、ミニグラタン。目玉焼きの下にはチキンカツとシャウエッセンが恥ずかしそうに隠れている、そう、わたしのなかの乙女のように。 厚焼き玉子じゃなく目玉にしたのは何も、面倒だったとかではない。 自分の殻を破ってみたかったのかしら。頬を染め、レェスのハンケチを握り締めて、彼女はそう呟いた。ような気がする。

 ご飯の上に無造作に置いてあるそれはらっきょう。 いつもなら花びらのように並べるのだけど、今日はプログレッシヴにしてみた。決して適当とか、何も考えてなかったとかではない。 新しいなにかを求めていたのさ。長いまつげを伏せ、巻き毛の貴公子はそう呟いた。ような気がする。 そういえば。プログレッシヴならっきょう……プログレッシヴラッキョウ……プログレッシヴRock You! と聞こえないだろうか。え、聞こえない? そうか。

 そんなこんなで早朝四時からキッチンで動いていたのだけど。作業もクライマックスにさしかかったとき、あることに気付いた。こんなんしたら彼よろこぶかなぁ、びっくりするかなぁ、と思いながら作りはじめたのが、いつのまにか、こうしてしてみよう、ああしたらおもしろそう……と自分が楽しくなっていたのだった。そうか。そうだったのか。 あなたのためにつくったんじゃないみたいなの、ごめんネ。 たんぽぽの綿毛をふっと吹いて、少女は呟いた。ような気がする。 でもほら、今日みたいな雨の日に、あなただけのお日様よウフ☆ 指遊びをしながらあわてて少女は付け足した。ような気もする。

 お弁当箱の両端をもって揺らしてみる、震度2くらいで。目玉焼きの黄身がプルプルと震えるのを確認して、ふたを閉める。震度1でもプルプルするだろう、わたしには分かる。 昼休みの彼がお弁当のふたを開けたとき、もしも黄身が崩壊していたら。彼の耳は聞くかもしれない。少女の思いつめたような、あるいはうっとりしたようなささやき。 永遠なんてないのよ。あなたもわたしもらっきょうも。太陽だってそう。 だから、

 

 あのころは。宇宙の端っこと一体になっていた。 あるいは、自然界と。 もう無理。
 わたしは こころのなか、ひきこもっている。

 

 


Jamie Lidell - Another Day  ※べつの日
https://www.youtube.com/watch?v=89Qa5rNAeEs

John Mayer - No Such Thing
https://www.youtube.com/watch?v=H1W2UddURXI